機械化する看護職



先日、看護協会の総会に参加してきました。

一番最後に行われた川嶋みどり先生の講演会も聞いてきたのですが、耳の痛い事を仰っていました。
悪いことではなく、むしろ「なるほどな」と思わされたものです。

忘れかけている事も多いのですが、大きく2つ・・・

1つは医療の世界が機械化している。そして患者はその機械に振り回されている

外来受診に来た患者は、自動血圧計(機械)に手を通し、自分で血圧測定をする。

そこから出た紙を取って、受付に渡す。
受付の対応は笑顔もなく機械的なものである。

病棟の看護師は患者には触れないのにキーボードにはよく触れる。

これが看護と言えるのか?

看護師は自分たちの独自の領域を放棄してしまっている。

 

現場で働いている私たちはもう少し考える必要があるかもしれない。
記録に追われ、看護計画の修正に追われ、写真の取り込みに追われ・・・

機械化により効率的にするつもりなのに、能率は落ちている。

完全に悪循環に陥っていると思っています。
もっと記録を簡便に、デジタルの自動化を活かして時間を短縮させなければなりません。

受け持ちの記録は4人受け持ちで15分以内と決めてやる事にしました。
ルーティンの記録フォーマットを決めておいて、それに当てはめて記録していく。

変化のある時は経時的に書いていく。

私たちは患者に触れる機会を増やしていく必要があると考えさせられました。

 

もう一つのお話は・・・

温浴文化のある日本人にディスポのウエットティッシュは無いだろ・・・

という話です。
もちろん、川嶋先生はこんな下品な言い方はしませんが、ざっくり言えばそういう事です。

当院でも食事時に配膳する時はウエットティッシュを使用しています。

しかし、最近の大きな病院では清拭タオルさえ廃止され、大きなウエットティッシュに変わっているそうです。
感染予防や人件費削減という理由でタオルは使わず、ウエットティッシュです。

ウエットティッシュはすぐに冷えるし乾くし、心地よさもありません。

以前は温かいタオルを背中に当てて、看護師の手で拭いていました。
こうして「安らぎ」を与えることで、副交感神経を優位にし、免疫力を高めていました。

こういうケアを最近は怠っている。

看護師の怠慢と言われても言い返せません。

 

人間の生活というものは非効率的なものであるという理解が必要です。
効率性を究極に求めるのなら、食事はサプリメントで済ませ、洗い物もなし。お風呂にゆっくり浸かることをせず、着るものはディスポ製品。。。

そんなものでは満足できないはずです。

食事のために時間をかけ、ゆっくり食事を食べて、食べた後は歯磨きをする。トイレに行ったら手を洗い、お風呂はゆっくりと浸かって癒される・・・そんな非効率的な人間の生活を忘れてしまうと、簡単にケアの質を落としてしまいます。

 

先日、ある病棟で「患者が不穏になって暴れている」と連絡があり駆けつけました。
駆けつけると、警備員2名、看護師6名で患者をベッドに縛り付け、横には家族(妻)がいました。

正直唖然としました。

患者に話を聞くと、名前と場所を理解され、暴力行為はありませんでした。
トイレに行きたいと言ったので、抑制を全て外し、トイレまで付き添いました。

多少の認知力低下はありましたが、過剰に縛りつける必要があったのか疑問でした。
薬を内服してもらい、寝てもらいました。

しかし、その病棟の看護師は「目が届かない」という理由で抑制をしたがっていました。

気持ちはわからないでもありませんが、ずっと縛っておいて、いつ外すのでしょうか?

抑制をされると人間は防衛的になります。交感神経が優位になり、免疫力が低下します。自由を奪われトラウマになる患者もいます。感染症のリスクも増えますし、筋力低下によるサルコペニアやフレイルを助長させてしまいかねません。

私たちは知識を持った専門職のはずなのに、目の前の行動に振り回されて、結果的に後で高い代償を払わなければならない事態を作り出しています。

合併症を発生させて、ADLが低下して、介助が必要な患者を作り出しているのは自分たちなのに、それに気づいていない。

「一度説明してもわからなかったから」「管を抜いてしまったから」という理由で簡単に抑制する事に最近は疑問を感じています。(むしろ、抜いた後なら抑制は要らないのでは・・・と思うのです)

対人間との関わりはそんなものではないはずです。

書き出すと止まらなくなりそうなので、この辺で・・・

今一度全体を俯瞰して医療の世界を見直す必要がある気がしました。